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誹諧は万葉集の心なり

芥川龍之介の「芭蕉雑記」(※1)の第七節に次のような記述がある。

芭蕉は子弟を訓へるのに「俳諧は万葉集の心なり」と云つた。この言葉は少しも大風呂敷ではない。芭蕉の俳諧を愛する人の耳の穴をあけねばならぬ所以である。

また、Wikipediaの「正風誹諧」の記事中にも

「正風俳諧は万葉集の心なり。されば貴となく賎となく味うべき道なり。」とは芭蕉不滅の名言である。

と言及されている(※2)。いずれも出典は示されていない。
探してみたところ、以下のものが見つかった。

古学庵仏兮・幻窓湖中編 『俳諧一葉集』 第五冊、万笈堂、文政十年
(→早稲田大学古典籍総合データベース

そこには、

誹諧は中人以下のものとあやまれるは俗談平話とのみ覚たる故也。俗談平話をたゞさんが為なり。拙きことばかり云を誹諧と覚たるは浅ましき事なり。誹諧は萬葉集の心也。されば貴となく賤となく味ふべき道也。唐明すべて中華の豪傑にも愧る事なし。只心のいやしきを恥とす。

とある。
当該部分は「遺語之部」(芭蕉の言葉を集めた部)の冒頭で、「祖翁口訣」の名で知られる。
ただし、『俳諧大辞典』(明治書院)は、

『一葉集』に「右の條々祖翁口訣と云」と付記して採録されて以来、あたかも芭蕉自ら門人に教えたところを記録したもののごとくに信ぜられてきている。しかし、その本文は、もと安永六年(一七七七)眠郎編の『雪の薄』に出ているところで、それには「亡師麦浪舎に遊し頃、正風の意といふものを写し置しが、今爰にあらはす」とあるのみで、芭蕉の口訣なる由は何ら謳われていない。

と述べて「芭蕉の口訣に出るものでないことは明らか」と結論する。
なお、『雪の薄』は早稲田大学古典籍DBで写本が見られるが、その本文は、

誹諧は中より以下のものとあやまれるは俗談平話とのみ覚へたるゆへなり。俗談平話をたゞさんがためなり。つたなき事ばかりをいふが誹諧と覚たるは浅ましきなり。誹諧は万葉の意なり。されば上天子より下土民までも味ふ道なり。唐明すべて中華の豪傑にも恥る事なし。唯心のいやしきをはじとす。

とあって『一葉集』の「祖翁口訣」とはやや異なるようだ。




※1 「新潮」1923年11月~1924年7月連載。『梅・馬・鶯』新潮社、1926年所収。岩波版全集十一巻
※2 2015/10/23閲覧。
  1. 2015-10-23 Fri 02:38|
  2. 文学

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