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戦争と奇術――坂本種芳「香炉と紐」の周辺――

先日、旅先の古書店で『創作奇術四人集』(緒方奇術記念刊行会、1976年)という本を見つけ購入した。名前の通り、四人のマジシャンの創作奇術が収載されている。その中には坂本種芳の有名な「香炉と紐」も含まれる。この奇術とその仕掛の概要は同氏著の『奇術の世界』(力書房、1943年)で知っていたが、『創作奇術四人集』の記述はそれよりずっと詳細でわかりやすい。この奇術に関心のある人がいれば、こちらをおすすめしたい。


『創作奇術四人集』            『奇術の世界』

さて、本題に入ろう。坂本氏は1938年にスフィンクス賞(アマチュア部門)を受賞している。スフィンクス賞とは、アメリカの奇術雑誌『スフィンクス(The Sphinx)』がその年に功績のあったマジシャンに与えていた賞のこと。坂本氏の受賞については37巻1号(1938年3月)に記事が掲載され、授賞理由として36巻6号(1937年8月)に発表された「香炉と紐(Koro and Braid)」が挙げられている。この受賞について坂本氏は『創作奇術四人集』で以下のように回想する。

時あたかも満州事変の最中で、日本に対する欧米の国際感情は最悪の時代であったが、それにもかかわらず、こうした栄誉を与えられたことは、「奇術に国境がない」という言著を如実に裏付しているものと思う次第である。
(『創作奇術四人集』p.12)


当時、日本のアマチュアマジシャンがこのような賞を受けるのは例のないことであった。それだけでも特筆に値するが、そのうえ時代状況を考えれば、本当に稀有な出来事であったのだろう。しかし、「奇術に国境がない」とは戦後だから言えることかもしれない。戦中に刊行された『奇術の世界』ではどうであったか。

『奇術の世界』には阿部徳蔵、海野十三、秦豊吉による他序と、坂本氏による自序とが附されているが、海野・秦と阿部・坂本との温度差が際立っている(阿部徳蔵はマジシャン)。海野・秦の序を見てみよう。

同君考案の科学奇術「香炉と紐」が、一九三八年度の世界奇術界の最高の栄誉たるスフィンクス賞を獲得し、この作品を通じて科学日本のため、また文化日本のために万丈の気を吐いたのも故ある哉で、しかも国際情勢の最悪のさ中に於いて従来かかる方面に於いて問題視されてゐなかつた日本をして一躍世界の水準にまで引揚げ、列国斯界の識者をして唖然たらしめたことは、真に吾々の快哉を叫ぶところである。
【中略】
ここに私の畏友である坂本技師がこんな本を書いたから見てくれと訪ねて来た。私は突然霊感を受けたやうな気がした。これは神風の一種だと、私は思はず叫んだくらゐであつた。さうだ、奇術に於ける工夫の楽しさを國民大衆に味はつてもらふことが、わが國に化学兵器を増産することの捷径であることを、今の今まで失念してゐた。
【中略】
読者は本書の奇術の種明かしを読まれて、なあんだと感心するに停まらず、更にそれを自分で行つてみ、また更に進んでは新しい独創的な工夫をこらされんことを希望する。そして更にその次に、敵米英を潰滅する力のある奇襲兵器の発明にまで進撃していただきたいと念ずるものである。

(以上、『奇術の世界』初版、海野十三による序)


私はこの著者の奇術にいつも驚いている。尤もその奇術は、日本ばかりではなく、大東亜戦以前に敵アメリカまであつといはせたのだから、私が驚いたとてものの数でもない。
【中略】
この際、機械技術家として軍需工業に猛進してゐる著者は、よろしく大東亜決戦下に於いて、一日も早く「戦争と奇術」といふ問題を解決して、ぜひ何とか敵米英をあつと驚かせる奇術的戦略なり、奇術的兵器なりを考案する必要がある。

(以上、『奇術の世界』初版、秦豊吉による序)


両者ともにスフィンクス賞の授賞に触れているが、それに続くのは敵国を驚嘆させたことへの評価と、この優れた奇術的発想をもって戦争に貢献することを望む言葉である。これらを踏まえて、『創作奇術四人集』の「奇術に国境はない」云々の文を読むと、いろいろと考えさせられるものがある。「機械技術家として軍需工業に猛進してゐる著者」という秦豊吉の言がどれほど実態を表しているかはわからない。実際のところ、何を思っただろうか。このような序文によって、奇術も戦争のための手段とされた、当時の著者自身は。

坂本種芳『奇術の世界』は、はじめ1943年に刊行され、1947年に『定本奇術全書』の題で再刊、1955年に改めて『奇術の世界』の題で再々刊行されている。版元はいずれも力書房。もちろん、後の二つは序の部分が1943年版と異なっている。なお、1946年に『魔術』(力書房)なる本を著している天城勝彦は坂本種芳のペンネーム。時々、この本をも『奇術の世界』の改題再版本と見做す人がいるが、実際のところ別物である。

この天城勝彦のペンネームは、戦後になって使い始めたわけではなく、阿部徳蔵との共著『即席奇術種明し』(TAMC、1936年)や、雑誌『実業の日本』39巻10,11号(1936年5,6月)の記事「社交奇術種あかし」でも既に使っている。戦後では雑誌『荷役と機械』の連載記事にも技術者としてその名を記す(※1)。ただ、そのペンネームが松旭斎天勝からとったものだという話を信じるならば、本来的にはマジシャンとしての名前ということになるのだろうか。しかし、『創作奇術四人集』には天城勝彦の名は全く記されていない。『奇術の世界』(初版)のほうは、秦豊吉の序にその名が見えるが。

余談だが、『創作奇術四人集』での坂本氏の肩書は「荷役技術コンサルタント」。掲載されているトリックを見ても、たしかに技術者だなあという印象は受ける。解説にはこのような図面が多い。



技術者としてはたぶん、このあたりが有名なのだろう。これもいつか見に行ってみたい。

最後に、今回触れた二つの本から、「香炉と紐」を演じる坂本氏の写真を紹介する。左が『奇術の世界』で、右が『創作奇術四人集』。左は『スフィンクス』誌に掲載された写真と同じもの。煙吐く香炉を扱う様はあたかも若い降霊術師のようだ。右の写真は紐がより高く立ち上がっているのが目を引く。後年は東洋的な雰囲気を出すため、右下の写真のようにターバンを巻いて演じたという。インドのヒンズーロープに着想を得たこの奇術らしい演出だ。




追記(2015/12/27)
作品が掲載された『The Sphinx』37巻1号の紹介記事を書いた。
戦争と奇術・続――『The Sphinx』TAMC特集号――


※1
5巻1号(1958年1月)には坂本種芳名義で「興行界に話題を投げたコマ劇場」、天城勝彦名義で「七不思議莊設計書」がある。その後、天城勝彦名義で「ある老技術士の追憶――若き日の作品とその周辺の物語(鉄道時代)」を24巻3,4号(1977年3,4月)に、「科学随筆」を25巻6号(1978年6月)、26巻2,5,12号(1979年2,5,12月)に連載している。
  1. 2015-11-12 Thu 04:16|
  2. 手品

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