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戦争と奇術・続――『The Sphinx』TAMC特集号――

以前、「戦争と奇術」と題して坂本種芳「香炉と紐」についての記事を書いたが、それに関連して『The Sphinx』の作品掲載号を紹介する。


以前書いたとおり、作品が掲載されたのは『The Sphinx』36巻6号(1937年8月)。これはTAMC(東京アマチュアマジシャンズクラブ)特集号で、坂本氏らの以下の作品が紹介されている。

Koro and Braid. Invented by T. Sakamoto
Three Girls From a Box. Invented by T. Abe and T. Sakamoto
Two Towers. Invented by T. Abe and T. Sakamoto
Handkerchief In Newspaper Cut and Restored. Invented by T. Sakamoto
Silks from the Air. By Tenkai

T. Sakamotoは坂本種芳、T. Abeは阿部徳蔵、Tenkaiは石田天海である。
そのほか、「Japanese Books on Magic」(By John Mulholland)や「Famous Magicians in Japan」(By T. Abe)という記事がある。この二つはTAMCというよりは、日本の奇術界の紹介というべき内容。

Japanese Books on Magic」はその名の通りの日本の奇術書の紹介だが、大半を占めるのは近世の奇術書の紹介である。1937年当時の日本にまだ本格的な奇術書が少なかったという事情もあろうけれど、何より江戸期の絵入りの版本が、編集主幹であったMulhollandの目には特異に映ったのだろう。Mulhollandは次のように述べている。

Of course as if the case with books in all other languages many of the really old books are exceedingly rare. However the Japanese books of olden times are perhaps the most beautiful books on the subject of magic that have ever printed.

その記事中には以下の挿絵が掲載されている。


書名は記されていないが、『放下筌』上巻2丁裏~3丁表(見開き)の絵である。本来あるべき詞書が無く、よく見ると絵も細かな違いがあるので、おそらく元の挿絵を模写したものだろう。『放下筌』は上中下の三巻あり、上巻はこのような絵と詞書で現象だけが記されている。現象篇と解説篇をバラ売りし、タネを知りたければ残りの巻を買わせる、というのが江戸期の奇術書によく見られる売られ方で、現象だけを記した最初の巻はこうした見開きの絵が多い。Mulhollandが感じた特異さ、奇術書らしからぬその美術的印象は、そうした販売方法により生み出されたものである。

ちなみに本号の編集後記でMulhollandが「a series of beautiful and very old Japanese books of magic」を「Dr. T. Ogata」(緒方知三郎だろう)から贈られた旨を記している。まさかこの『放下筌』を譲り受けたのだろうか?

Famous Magicians in Japan」では日本の有名なマジシャンとして、江戸初期の放下師・都右近に始まり、当時アメリカツアーの真っ最中であった石田天海まで、総勢18人を紹介している。記事の執筆者は阿部徳蔵で、名前を挙げられたマジシャンは以下のとおり。

Ukon Miyako(都右近)
Chojiro Shioya(塩屋長次郎)
Sentaro Satake(佐竹仙太郎)
Icchosai Yanagawa(柳川一蝶斎)
Dr. H. S. Lynn
John Malcom
Shoichi Kitensai(帰天斎正一)
Tenichi Shokyokusai(松旭斎天一)
Tenyo(松旭斎天洋)
Ten-u(松旭斎天右)
Tensa(松旭斎天左)
Tenji(松旭斎天二、二代目天一)
Tenkatsu(松旭斎天勝)
Juggler Soichi(ジャグラー操一)
Asia Manji(亜細亜マンジ)
Asahi Mammaru(旭万丸、旭マンマロ)
Yutensai Myoichi(?)
Tenkai ishida(石田天海)

二人の外国人は幕末~明治にかけて日本を訪れた人物。Dr. H. S. LynnはピカデリーのEgyptian Hallで演じたこともあるマジシャン。John Malcom(Malcolmの誤りか?)については知らないが、この英国人マジシャンが訪日した後に西洋奇術が普及した、と記事中では紹介されている。なお、本記事中には天一、天勝、天海の、別の頁には天洋のポートレートが掲載されている。

そして、本号の「Editor's Page」(編集後記、John Mulholland)には、以前の「香炉と紐」の記事ともかかわる興味深い記述が見られる。

Magic knows no borders for it is truly international. One of the greatest joys of the traveling magicians is the genuine friendship he finds among magicians everywhere.

Mulhollandはこのように奇術に国境がないことを述べる。そして、その「An example of that attitude」として、今号におけるTAMC特集の実現を挙げている。1976年の『創作奇術四人集』で「日本に対する欧米の国際感情は最悪の時代であったが、それにもかかわらず、こうした栄誉を与えられたことは、「奇術に国境がない」という言著を如実に裏付しているものと思う次第である」と坂本氏が引用したその言葉はまさに、坂本氏を含むTAMCメンバーとの交流に関して1937年にMulhollandが記した言葉でもあったわけだ。

しかし、太平洋戦争が開始すると、坂本氏は技術者として、またマジシャンとしても戦争協力を求められた(前記事参照)。対するMulhollandもまた、よく知られているように大戦下でスパイ活動の助言をし、冷戦下ではCIAの活動に従事するため『The Sphinx』の廃刊を余儀なくされている。たしかに、Mulhollandや坂本氏の言うように、奇術じたいに国境はない。しかし、それを行う人間は国境に隔てられ得るのだということを、歴史は明証しているように思えてならない。

本号には、世界旅行中に訪日したIrene Mulholland(Johnの母)がTAMCメンバーとにこやかに会食する写真も掲載されている。奇術を通して交流した彼らは、「国境」に隔てられたこの後の数年間、何を感じ、何を思って奇術と戦争とに向き合い続けていただろう。

  1. 2015-12-27 Sun 00:09|
  2. 手品

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