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大正四年の「問題文芸論」ブーム

別件で調べ物をしていたらちょっと面白いものを見かけたので簡単にまとめます。

時は大正四年。当時の文壇では「問題文芸論」なる議論が流行しました。
当時はそれなりに大きな話題となって、多くの小説家や劇作家を巻き込んでの実作や批評が行われたようです。
それにもかかわらず、このブームが現在顧みられることはほとんどありません。
不思議。
講談社の日本近代文学大事典にも項目が立っていません。
これは気になる。 ということで、ちょっと調べてみました。

さて、この「大正四年・問題文芸ブーム」は、同年一月一日の読売新聞紙上に現れた中村星湖「問題文芸の提起」というコラムに端を発します。

星湖の主張を簡単に言ってしまえば、文芸作品は何かしら生活上の問題意識を含み、それを読者に提示するようなものであるべきだ、というものです。

以下、主要な部分を引用してみます。

殊にも大切な一事は作家の眼が過去や現在にばかり止まってゐない事その事ではあるまいか?即ち作家の眼が人間生活の過去・現在を見ると同時に未来を見、作家の指が人間心理の原因や過程を指差すと同時に未来を指差してゐる事ではあるまいか?

それは勿論、決して芸術の為めの芸術ではない。それは「未来の生活の為めの芸術」である。別に謂はゞ「問題文芸」である。

と、このような感じです。
このコラムが出て数ヶ月間はそれほど反響がありませんでした。
しかし、『中央公論』7月臨時増刊号が「問題小説と問題劇」特集を組んだことで俄に議論が活発化します。
この時の副題が「大正新機運号」。
こんな大袈裟な題を冠したことで、あたかもこの大正という時代を代表する最新重要トピックであるかのように見られたのかも知れません。

これに続くように『新潮』や『早稲田文学』等の雑誌で次々に特集が組まれています。


実は、問題文芸という概念自体は上記の中村星湖の論以前から存在していました。
島村抱月の「問題的文芸」(「東京日日新聞」明治39年2月12日)や「問題文芸と其材料」(「早稲田文学」明治39年12月)等です。

しかし、ここで言う問題文芸は、星湖の唱えた問題文芸とは少しだけ違っています。
簡単に言うと、貧富や労働の問題から人生・道徳の問題まで含む様々な問題に対して、作者が自分なりの解答を得、それを読者に訴えるものだそうです。
例を挙げるとすれば、イプセンの戯曲『人形の家』などがそれに当たります。

こうした以前の問題文芸に比べて星湖の提唱した問題文芸はどうかと言うと、どうも漠然としている感が否めません。
実際、相馬御風は『新潮』の問題文芸論特集において、星湖の論は問題文芸というより疑問文芸だ、述べています。

星湖は、生活そのものについての問題意識をもたせる作品が望ましいことを述べながらも、具体的な問題を示そうとはしていません。それどころか、「事件は浅く、心理は深し」などと、実際上の問題よりも心理描写の重要性を説く抽象的な主張に留まっています。

ブームの発端がこのような抽象的な論であったため、それに対する一定の議論は起こりつつも「問題文芸」という標語だけがひとり歩きをしてしまったようです。
結果として、曖昧で幅広い概念という地位を脱せず、文学史上に輝く明確な何かも残せないままに、流行として流れてしまったのかもしれません。




※ほそく
中村星湖の論も含め、これに関わる批評や作品が『編年体 大正文学全集』(ゆまに書房)に収録されています。しかもこの記事よりもずっと正確で詳しい解説付き。
各年ごとに巻が当てられていて、大正四年は第四巻です。わかりやすい!
  1. 2011-03-05 Sat 01:53|
  2. 文学

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