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詩歌鑑賞 第2回 「春の朝」

第一回の後、長らく途絶えていた「短歌鑑賞」、一年超ぶりの第二回です。
ただし、今回は短歌ではなく、詩。
それに伴い、カテゴリ名も「詩歌鑑賞」に改名しました。

 春の朝

時は春、
日は朝、
朝は七時、
片岡に露みちて、
揚雲雀なのりいで、
蝸牛枝に這ひ、
神、そらに知ろしめす。
すべて世は事も無し。

上田敏『海潮音』

視覚的効果を損なわないために、括弧でルビをふることはしませんでした。
注意すべき読み方は以下の通りです。
・朝(あした)
・揚雲雀(あげひばり)
・蝸牛(かたつむり)


原作者はイギリスの詩人ロバート・ブラウニング、訳者は上田敏です。
この詩が収録されている『海潮音』は、五音と七音の詩句でまとめられた心地良い文語訳が特徴の訳詩集です。
イギリス、フランスなど、29人57篇の詩が集められています。

『海潮音』の中には個人的に好きな詩がたくさんあります。
僕は、つい最近まで、気に入った詩を紙に写して壁に貼る習慣があったのですが、一番多く貼っていたのが上田敏の訳詩でした。
そんな中でも最も愛唱していた詩が、この「春の朝」です。

もともと岩波文庫の『上田敏全訳詩集』で読んだだけなのでどの詩が有名などということは知らなかったのですが、後にこの詩が『海潮音』の中でも有名な詩だと知りました。
自分が直感的に好きだと思った詩が他の多くの人にも愛されていたということはつまり本当によい詩なんだなあ、としみじみ思ったものです。

さて、この詩、とてつもなく平和な日常を歌った詩ですよね。
ただ、初めて読んだ時はなぜか悲しい詩のように感じられました。
もちろん詩句自体は平和に満ちていて何も悲しいことはないように思えますが、どこかに字面とは対照的な暗さが潜んでいるような気がしたのです。
ちょうど、石川啄木の「飛行機」(※1)のような。

ところで、この「春の朝」、実はロバート・ブラウニングの原作では、もっと長い『Pippa Passes』という劇詩の中の一節なのです。

この劇詩は、工場で働く貧しい少女ピッパが主人公です。
年にたった一日の貴重な休日を楽しむピッパの周囲では様々な出来事が起きます(ただしピッパ本人はそのことに気づかない)。
この設定は、さきほど挙げた啄木の「飛行機」とも共通点がありますね。
一方は、貧しい少女と彼女が歌う平和な朝の風景、もう一方は貧しい少年と青空高く飛ぶ飛行機。
一見何事も無さそうなそれぞれの日常の裏には、さまざまな問題や事件が潜んでいます。
「字面とは対照的な暗さが潜んでいる」ように感じたのもあながち間違いではないということでしょう。

実際、劇詩から抜き出したこの部分だけを読んでそう感じる人もいるんだろう、と思う理由のひとつが、この詩が推理小説に多く引用されているから、ということです。
単に有名な詩だから、というのはあるにしても、アガサ・クリスティの『ABC殺人事件』やヴァン・ダイン『僧正殺人事件』、エラリー・クイーン『チャイナ・オレンジの秘密』と、ちょっと挙げただけでもメジャーなものが並びます。
理由としては、原作の劇詩の中にも殺人事件が含まれるというのもあるでしょうし、それ以上にこの詩が「とてつもなく平穏な詩」だからだと思います。
推理小説では必ず何かよくない事件がおきますから、「すべて世は事もなし(All's right with the world!)」なんて言い切ってしまうこの詩は「事」を引き立てる良い対照になるのでしょう。
それを考えても、この詩は平和・平穏というイメージをとてもよく表した詩だと思います。

最後に、この詩の技術的な面について少しだけ分析してみます。
第一句を季節という比較的広い概念から始めて、少しずつ視点をクロースアップしていき、第五句で枝に這う蝸牛にまで接近した直後、一気に神・そら・世という大きなスケールへと飛翔しています。
また、視覚的な文字の配置も一行ごとに少しずつ文字数を増やしていき、第五句でいったん落としてから六・七句は一気に伸ばしています。
このあたり、本当にうまいです。
ブラウニングの原文ではこのような文字の配置による視覚効果は薄い(※2)ので、そういった細かい点からみても、上田敏の訳の秀逸さがわかるかと思います。


最後に、といいつつもう一つだけ。これがホントに最後。
前のエントリとも共通しているのでお気づきの方もいるかと思いますが、今この時期にこの詩を取り上げたのは、「平和な日常の希求」が、今のキーワードだと思ったからです。
でも、取り戻すべき日常って、どんな日常でしょう。
個人的には、世界中の人々が「すべて世は事もなし!」と高らかに歌い上げながら朝の散歩に興じることができたなら、それが理想の日常かな、と思っています。
そんな思いで、この詩を取り上げました。







※1 啄木の「飛行機」
詩集『呼子と口笛』所収。

 飛行機

見よ、今日も、かの蒼空に
飛行機の高く飛べるを。

給仕づとめの少年が
たまに非番の日曜日、
肺病やみの母親とたった二人の家にゐて、
ひとりせっせとリイダアの独学をする眼の疲れ……

見よ、今日も、かの蒼空に
飛行機の高く飛べるを。



※2 原文

The year's at the spring,
And day's at the morn;
Morning's at seven;
The hill-side's dew-pearled;
The lark's on the wing;
The snail's on the thorn;
God's in his Heaven―
All's right with the world!

  1. 2011-05-10 Tue 02:17|
  2. 詩歌鑑賞

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