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伊久礼神社と万葉の藤(新潟県三条市井栗)

『万葉集』巻十七に次の歌がある。
 
◆本文
  古歌一首 大原高安真人作 年月不審 但随聞時記載茲焉
伊毛我伊敝尓 伊久里能母里乃 藤花 伊麻許牟春母 都祢賀久之見牟
  右一首傳誦僧玄勝是也

◆訓
  古歌一首 大原高安真人作る。年月審らかならず。但し聞きし時のまにまにここに記載す。
妹が家に伊久里の森の藤の花今来む春も常かくし見む
  右の一首、伝誦するは僧玄勝これなり。
 

「伊久里」の比定地は諸説あるが、そのひとつが賀茂真淵『万葉考』の越後説である。

   式神名に越後國蒲原郡伊久禮神社有、是ならん(略)禮と理は通へば伊久理ともよむべし
(賀茂真淵『万葉考』)

真淵は『延喜式』神名帳(越後国・蒲原郡)に見える「伊久礼神社」に当該歌の「伊久里」を比定する。
越後説は『万葉考』以降、橘千蔭『略解』や鹿持雅澄『古義』が採るものの、他に大和説(契沖『代匠記』等)や越中説(北村季吟『拾穂抄』等)もあり、確定は難しい。

今回は越後説の比定地、新潟県三条市井栗の伊久礼神社に行ってきた。


写真のように、ごく小さな神社。三条市内のこうした神社は数年前に補助金が出て多く再建されたという。当社も部分的にはもとの建材を用いつつも建物全体は新しくなっていた。


鳥居をくぐって左手に歌碑がある。
最初に掲げたように『万葉集』本文はほぼ仮名書きだが、歌碑は「妹」「家」「森」などの字が当てられている。また、体言と用言の語幹とは大字、付属語(と副詞「かく」)は小字で、いわゆる宣命書きのように刻されている。


裏には明和元年(1764)修造の銘があり、『万葉考』(宝暦十年(1760)成、明和五年(1768)刊)の越後説以前に当地において「伊久里」に比定する説のあったであろうことが窺われる。その意味で大変貴重な歌碑。

なお、近代以前の万葉歌碑は全国にもそう多くはない。田村泰秀『萬葉二千碑』によれば現存数はわずか30基、そのうち伊久礼神社の歌碑は全国でも4番目に古い。新潟県内では最古である。


電柱の住所表示「井栗」。「いぐり」と濁音で読む。


そして、伊久礼神社の北東1kmほどのところに「万葉の藤」・「藤ノ木権現」と呼ばれる大きな藤がある。


歌の中の藤とは直接しないものの、この地域における当該歌受容の一端を見ることができる。今回は藤の花の季節ではなかったので、いずれ季を改めて訪れてみたい。




◆追記
大和説の比定地、奈良の穴栗神社へ行ってきました(2013年8月)。
穴栗神社(奈良県奈良市横井)
  1. 2013-03-28 Thu 15:46|
  2. 文学

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